民俗女子の自由帳

~この世は不思議が多すぎる~

【怪談・奇談】大正時代の実話怪談と失われた言葉

去年の夏あたりでしょうか、何かのネタになりそうだな~とわくわくしながら読んだ本に、『大正の怪談実話ヴィンテージ・コレクション』(2013年3月1日発売、メディアファクトリー刊)があります。

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(表紙が怖いというより可愛い寄り)

 

東雅夫さんというアンソロジストがまとめたもので、大正時代の実話怪談がたくさん載っています。集めるだけでも大変だったでしょうに、ほんと、こんな素敵な本を作って下さるなんて頭が上がりません。

 

で、読み終えて思ったのが、「このパターン、大正以前から、そして現代でも普通にあるな」というお話をいくつか見つけたことでした。内容としては、「すでに亡くなっている方が、なんらかの形でその死を知らせに来る」というもの。

たとえば、家の奥の座敷に居たら、誰かが引き戸を開ける音がして、玄関から呼び掛けてくる。客だろうかと行ってみるも誰もいない。首をひねりながら部屋に戻ると、後日、ちょうどその時間に知人が亡くなったのを知った、とか。

そして、このパターンでよく出てくる単語が、「門違い(かどちがい)」という言葉。「お門違い」は聞いたことがあるけれど、それとはちょっと用法が違うみたいだし……と考えてから気がつきました。これ、「間違えて別の家を訪ねてしまうこと」では⁉

ケータイもなにもない時代、知人宅を訊ねようとして、うっかり別の家を訪ねてしまう……。そんなことは頻繁にあったはずで、それを当時の人は「門違い」と言ったのでしょう。(あと、家人が在宅中なら玄関の鍵は掛けなくてもいい……なんて、のんびりした風潮もまだあったんですね)

言葉というのは時代に合わせて生まれては消えてを繰り返しますが、この「門違い」という言葉はいつから使われなくなったのでしょう? 昭和20年代に東京の下町で生まれ育った方に聞いてみても、「門違いという言葉は知らない」というお返事でした。で、手持ちの現代国語辞典にも載っておらず、古語辞典を調べたら発見! 「門違い」は「門違へ(かどたがえ)」とも言ったようで、「門違へにてぞ候ふらん(家、間違えたんじゃないの?)」と例文が出ていて、出典はなんと『平家物語』! ずいぶん昔からある言葉だったんですね……。

 

「死者が自分の死を知らせに来る」という怪談は現代でもあるあるパターンなのに、それに使われる「門違い」という言葉はいつのまにか消えている。そんなところがおもしろいなぁと個人的に感心してしまったお話でした。